平成29年 お会式講演会 摘録 文責 坂本出君(龍珠会)

2017年10月29日(日) 場所 浜田市田町 龍泉寺

株式会社リメンバー 代表 前川 航太朗さん 

「株式会社リメンバー」

2015年12月から、茨城県水戸市で障害者向け福祉サービスを展開。精神的な病気や症状の根本からの改善を目指した支援アプローチや、働く環境をつくる農園の運営などを手がけている。

 毎年10月のお会式に合わせて、檀家さんに向けて、前川代表がご本堂で「これからの社会で何が求められているのか」について、ご自身の半生を振り返りながら話しました。

心の病を抱えている人が、社会に出て活躍してもらうためには

 私たちの会社「リメンバー」は主に精神疾患を抱えている障害者向けの社会福祉サービスを茨城県水戸市で手がけています。地域社会に居場所がない、ひきこもりや不登校、働いていて職場に行くことができない人や、精神疾患といった心の病を抱えている人たちに、水戸市の施設「リメンバー」に来てもらい、農業活動など、さまざまな活動を通じて心のケアや就労体験を通じて、最終的に利用者の社会復帰につなげる手伝いをしています。

 そうした人たちが社会に出て活躍してもらうためには、何が求められているのでしょうか。そもそも、現代の社会にはいろいろな問題があります。まずは、私がこの仕事を始めるにいたった経緯からお話します。

人は何のために生きているのか?という疑問

 (2017年10月29日時点で)現在私は36歳。新潟大を卒業し水戸市役所で勤務を始めました。6年間は生活保護など、福祉部門に携わりました。その中で、高齢者や母子・父子家庭、精神疾患を抱えている人、刑務所から出所した人、ホームレスなど、日常ではあまり関わりの少ない、さまざまな人たちの生活をサポートしてきました。

 中には、自殺した人や殺された人おり、日常的に、人の生き様、死に様に触れてきました。その中で「人はなんのために生きているのか」と考えるようになりました。28歳の時です。

 そこで分かったことは、みんな好きで生活保護を受けているのではないということ。よくよく声に耳を傾けると、家庭環境といった周囲の影響からやむを得なかったケースが非常に多い。無意識の中で、大きな誤解、偏見がありました。「生活保護だから」といった自分の中にある勝手な物差しで判断するのではなく、本人と話すことで真実が見えてくるのだと感じました。

 確かに、生活保護者の人たちには、そうなってしまった背景がそれぞれあることは分かりました。そんな彼らの中で気になったのが若い人たち。「死にたい」「働きたくない」「何もしたくない」と言って、テレビをぼんやりとながめたり、ゲームやパチンコをしたり。そこにあるのは生き甲斐を喪失した生き方をしていました。これまで、私自身、楽しく人生を過ごしてきたので、「なんで、こんなに代わってしまうのか」と疑問を感じるようになりした。「日本の社会の仕組みそのものに問題があるのではないか」と、そこで、開発途上国のパキスタンに行くことにしました。

パキスタンでの支援活動で、日本人支援の大切さを教えられる

 パキスタンで訪れたのは200人くらいの小さな集落です。そこには教育を受けたいが受けられない人が、みんないきいきと生活しているように思いました。私の知っている日本の人たちは目が曇っていたように思いました。生きている環境が違うだけで、こうも違うのかと。

 ただ、その集落が、学校に通うためには、徒歩で3時間くらいかけて隣町に行くしかありません。また、その道中で武装組織のタリバンに誘拐される事件が多発しており、行かせることができない現実がありました。そこの集落は非常に貧しい地域で、教師を招くことができないというのです。ただ、よくよく聞いたら月1万で給料と交通費がまかなえることがわかりました。これならポケットマネーで支援できるなと考え、水戸市役所に在籍しながら支援を続けてきました。

 その後、支援に専念するため仕事を辞め、支援を2年くらいたったときのことです。現地の女性のから「日本にも困っている人はたくさんいるのに、なぜパキスタンでこんなことをしているのか」と言われました。これは、天の啓示かと思いました。その後、事業を別のスタッフに引き継いでもらい帰国しました。

 しかし、帰国したものの、何から手を着ければいいのか分かりませんでした。そこで近所の東公園の木下で瞑想をすることで、自分の心に聞くことにしました。「ひきこもり」というワードがふっと出てきたのはその時です。さらに成人の引きこもりに活動を絞り、支援を始めることにしました。

事業開始後は、各家庭の訪問活動に注力

 初めのうちは、家庭への訪問に積極的でした。もちろん、そうした対個人への活動は行政から支援を受けることはできず、報酬はその親からに限られてしまいます。

 この過程訪問の事業から路線変更になったできごとは、1人息子の家庭に訪問していたときのことです。自宅に通う回数を重ねる中で、息子が徐々に元気になり一緒に外出する機会が増えてきたとき、ある日突然母から支援活動にストップがかりました。なぜ、と思い母親からよくよく話しを聞いてみました。その家庭は、そもそもの家庭環境が崩壊しており、母親が、引きこもりの息子の面倒を見ることで、母親の精神が保たれている状態でした。当事者の息子さんからは支援に「来て欲しい」と言っていただいていたのですが、報酬も親からのみでしたので、支援を続けることができず、打ち切ったという苦い経験があります。

 

引きこもり支援に必要な土台

 引きこもり支援をするうえで、改めて気づかされたのは、「本人の意思を尊重できるシステム」であること。そして、そのシステムが「無料」でなければならない、最後に、自宅以外の場所で、居場所を作らなければいけないということです。そのための通える施設が必要でした。

 そして、障害者就労支援の枠組みで、国から支援を受けることで、2014年12月から、現在の事業が本格的に始まりました。

人にはまず母性的な愛情が不可欠

 そのために、全国の施設の視察に訪れました。そこで分かったことは居場所だけではなく、精神性と人間性を高めていくことが重要だということ。それが無いのであれば、集まった人同士でけんかやいじめが起こり、みんなでいがみあってしまう。そこで、水戸市に開いた就労支援施設「リメンバー」では心の勉強会を定期的に開催。仏教やキリスト教、成功者の言葉など引用するなどし、勉強しました。

 しかし、なぜか利用者の心に全く入っていかない。それもそのはずで、かれらは勉強する以前に、自分に対して理解者がほしかった。つまり、母性的な愛情を必要としていました。生まれたての赤ちゃんには当たり前だが、成長して行くにつれて、社会生活をまっとうできる大人にするためにしつけが全面にでてしまい、防性的な愛情が失調してしまう。利用者は、「心の勉強」以前に、そうした欠けた心の苦しみを理解してほしい、という欲求がありました。心に「闇」があることを知ってほしい、と。そこで、「〜しなさい」といった正論をやめ、「とにかく受け入れる」と、支援の方針を変更していきました。

現代社会には父性的なアプローチがあふれてる

 事業の話しを少し離れ、現在の社会を眺めてみると、利用者が必要としていた「母性的なアプローチ」はあまりありません。学校の教師も、「学校を休むな」、「絶対に来い」など、父性的です。その他には「社会はこうだ」」とか。そうした父性的なアプローチによるストレスの積み重ねによる弊害が広がってしまっている。そうした社会で心が満たされていない人が、不登やうつ病 コミュニケーション障害、対人恐怖症などにつながっているケースは、多いのではないでしょうか。

 そうした人たちは、長年、何か発言すれば、否定され、怒られ、イライラされ続けてきた。そしてさまざまな心の病の症状が出始めたとき、通うのは精神科や心療内科です。

 私はこれまで、生活保護者の数々の末路を見てきました。生活保護は税金なので、理由がなければ支援を受けることはできない。そこで、精神科に行け、薬を飲めと言われる。そうしたら、それまで震えていなかった手が震え、どんどん眠れなくなり、のどが乾き、心が歪んでいく。それを長期間続けると、だんだんと動けなくなり、廃人同様になって死んでいく。そうした悲しい現実もありました。

最終的に医療、福祉から抜け出すことが本当の福祉

 私は福祉、医療は一時的で、最終的にそれを脱することが本当の福祉だと考えています。そのためには、否定をすることなく、受け入れる母性的な愛情を注ぐことを最大限に行うことが大切です。

人間関係のルール

そこで、就労支援施設「リメンバー」では人間関係のルールを定め、利用者を含め、全員で守っています。

 それは否定をしない、抑圧しない、強制しない、比較しない、差別しない、放置しない、孤立しない、怒りを向けない。

 ただ、これを守ることで、利用者はだんだんと、本当は勉強がしたかったとか、音楽が好きだったとか、何でも言うようになる。そうすることで、人は心のエネルギーが満たされてきます。

守ることで、心が成長してくる。勝手に、いらいらすることなく、本人たちが自発的に成長していく現象が起きています。

 この話しをご家族でお話すると「あちゃー」と言った声も多い。勝手に親御さんが気づいて、直していくことで相乗効果が生まれています。みんなで実践することで、やさしく、思いやりを持つようになる人間関係が自然と生まれてくる。

こうした、人が自発的に変化してく仕組みづくりには、母性的な愛情が欠かせない。もちろん個人差はありますが相手のペースで代わってもらう尊重する。

「母性の後に父性あり」です。正論を言う前に、まず、愛情から初めてほしい。

バラの種からはバラの花しか咲かない

 バラの花は、バラの種からしか咲きません。これは全て同じで、不安や心配の種から同じように、不安や心配の花が生まれる。でも、それが好奇心やわくわくからだったら?「不安だからやりたい(やらなければいけない)」と思うのと、「わくわくするからやりたい」は全然違う。その言葉の種は何かを見極めることが私たち支援する側の役割でもあります。

 わくわくする種がぐんぐん成長していく中で表情や顔つきが変わってくる。それを育むために大切なのは感謝することや良い期待を持つこと。そうした母性愛を満たした後に初めて、心の勉強を伝えることを、私たちは日々実践しています。

ここまでです。

 

 

以下は、その他のお話です。かなり長文になってしまったので、一部割愛しています。

難しいことを言わない。明るく楽しくね。わくわくね。難しいことだと頭で考えてしまう。なるべくシンプルに伝えるようにする。

その方が相手に伝わる、と実感。難しいことを言った瞬間心を閉じてしまう。それは年齢に関係なくストレート。ヒトの心に響く。

表現できるようになったひとにやること。

無から有を生み出す。

無は形がないものから、あるものをうみだすんだよ。

ないものはこころ。内側にあるもの。それが有を生み出す。

苦しみ、喜びは心の内側によって生み出される。性質を知ろうねという話。

小金井公園の木下で、人間だけが心をコントロールできる。意思で決めることができる。心の色を決めることができる。

母性愛が満たされて表現できるようになった人たちはそれができるようになる。

ないひとはくるしくて出来ない。心の色を客観的に見ることがきるようになって、恐れがなくなってきて初めてできるようになる。

そのために意識の持ち方が大事。心を高めていくことができれば大切。

まとめ

生き方を提案する。生き方を提案することで生きる意味を見出してほしい。自分らしく生きていく。自問自答。

私なりの意味は、生きること=働くこと

端を楽にすること。

私の個性を伸ばして、世のためヒトのために生かしていくこと。

なんで自分がこの声、顔、水戸、この両親?自問自答。

両親は私をいっさい否定しない。両親がわたしにやってくれたこと。

パキスタン行きをあっさりわかった。それがあって今がある。36年育って、否定されない有り難さを体感する。

生きる意味ははたを楽にする。いただいた命をどのように全うするか。個性を生かして世のためヒトのため。

個性を伸ばしていかせる仕組みづくりがないと世の中幸せになれない。

しかし、今の世の中は否定をつぶすことがおおい。ああしなさい、こうしなさい、平均はこうだ、とか。芽をつぶす。

つぶす社会環境に適合できないヒトが精神病やひきこもり。

しかし、そういう人たちはこの世に必要だから生まれている。無駄な命はない。必要だから生かされている。

そういう人たちにスポットを当てて、循環させ社会に貢献できるかたちにまでサポートすること。それが会社の意義。それが生き方。命をかけている。

誰かよりも劣っているのではない。今の社会に適合できていないだけ。

しつけがおおい社会環境にマッチしないひとは、あるいみ正しいかんかく。

社会からは怠けさぼり。なぜ自分を変えなければいけないのか。非常につらいこと。

多様性を生かして、のばせるような社会作りを会社という形で世の中に貢献できればと思う。社会が変わるのでは?

龍泉寺などのご縁が、手伝いができれば。少しずつよりよい社会になるのでは。

身近にそんなひとがいれば、ちょっと見方を変えて。なまけていない。苦しんでいる。苦しみを理解するというスタンスに変えてみていただけたら。

大変だったね。勘違いしていたよごめんね。聞かせて話聞くよとか。心が開けて命が生かされると思う。関わっていただけたらありがたい。

ありがとうございました。

 

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