1987年11月19日(木) カトマンドゥ2日目

 朝一番で電話局へ向かう。やはり午前中早いうちだったので人も少なくスムーズに日本につながる母にとっては突然の息子からの国際電話、少々驚き何をしゃべっていいのか頭が混乱している様子であった。還暦祝いと元気でいることを伝え、この度母が参加する仏蹟参拝ツアーの日程の確認と、ウイスキーと使い捨てカメラを頼む。

 

 あっという間の3分間。いろいろ話したいことはあったが電話を切る。でも、事故にもあわず元気でいることが伝われば、それで安心してもらえるし充分でしょう。話はインドで会ってからゆっくりできるし。

 

 電話局で一緒になった深見さんという方と一緒に王宮の方へ歩き、幸運にも高級ホテルのレストランで朝食をごちそうになる。会社員を17年商社で過ごし、意を決して退社し今は建築の図面をかいて暮らしているという。フリーな仕事だけにネパールの休暇もとれるのであろう。収入は商社時代に比べ良くないかもしれないが、「豊かな」人生を送っているに違いない。

 

 別れてからIndia Air Lineへ行き「ゆっくり」カルカッタまでのエアーチケットを買う。22日の日曜日14:25発。(US.96ドル)当初の予定通り。その後Air Indiaへ行き来年1月の日本への帰国の予約をあたってもらうが、やはりかなり混んでいるもよう。今日のところは不可。また明日来いとのこと。優先順位などよくわからぬが、カルカッタへ着く前までに、ここにいる間に努力しておく価値はあるかもしれない。

 

 仮にオープンチケットの90日限度になる1月22日までにFULLの状況ならば、年内の12月に帰国するようにするしかない。すべて導かれるままにまかせよう。