法華経を学ぶ

妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)信解品(しんげほん)第四

お釈迦様が、それまで仏弟子の中で仏には成れないと云われてきた声聞(しょうもん・自分だけの悟りを求める人)のうち、この法華経の説法の場において、最初に智慧第一の舎利弗尊者に、あなたは必ず未来に華光如来(けこうにょらい)という仏になれるという保証である授記(じゅき)を与えられたので、舎利弗尊者をはじめ声聞の弟子たちは大いなる歓喜に包まれた。

 

その声聞の仏弟子たちが仏の教えを心から信じて理解した事を述べたのが「信解品第四」である。信解ということは信じて理解をすすめてゆくということである。この信解品では仏の教えを信じ理解した心持ちを、仏に告白する形で説かれてゆく。

 

ここに登場するのは十大弟子の中でも有名な四人の声聞である。空を悟ること他の声聞に勝る解空(げくう)第一の須菩提(しゅぼだい・スブーティ)、教を説き明かすことに勝れた論議第一の迦栴延(かせんねん・カッチャーナ)、欲望を捨てることに徹底していた頭陀(ずだ)第一の迦葉(かしょう・カッサパ)、神通力にすぐれた神通第一の目連(もくれん・モッガラーナ)である。

 

 お釈迦様が法華経を説かれた舞台となるマガダ国の王都、

王舎城にある霊鷲山(りょうじゅせん)山頂での参拝。

 

(2010年3月6日)

 

信解品第四の大意

三車火宅の喩が説かれた「譬喩品」の教えを聞いた四大声聞の須菩提、迦栴延、迦葉、目連は喜びのあまり、思わず踊りあがり、座から立ちあがって衣服を整え、右の肩をあらわにして、右の膝を地につけ、一心に合掌して仏の尊顔をあおぎ見て次のように告白した。


「我々は仏弟子の中の先輩で、年もかなりとっています。もう世間の悩みや苦しみを離れているので、これ以上努力する必要もないと思い、仏の無上の智慧を求めようとしませんでした」と。

 

しかし、舎利弗尊者への授記をまのあたりにして、自分たちもさらに菩薩の行をつんで人々を救うために役立ちたいという大いなる決心がつき、深い喜びが湧いたのである。

 

「無量の珍宝、求めざるにおのずから得たり」と四人は告白する。そこで「長者窮子(ちょうじゃぐうじ)の喩え」をもってお釈迦様に自分たちの心からの理解を示したのである。

 

お釈迦様がお悟りを開いたブッダガヤーの街の中にある、

立派な門を構えた宮殿の如き建物。

 

無量の財宝を持つ長者がいた。この長者には長い間父を捨てて行方不明の息子、つまり放浪している窮子(ぐうじ)があった。いつかはその息子に会いたいということから、大きな屋敷を持ち捜していたところ、ある日のこと、その門前に窮子がやってきた。


父は息子だとすぐにわかったが、息子はその長者が父であることがわからない。身なりは貧しく放浪の息子は長者の威厳に恐れをなしそこから走り去り、ふたたび住みなれた町へ行こうとした時、父なる長者は使いの者を走らせ、息子を止めようとした。

 

しかし息子は捕えられ殺されるのでないかと思い、恐怖のあまり気絶してしまった。息子がそこまで身をくずしていることを知った長者は、今度は同じような貧しい身なりの使者をつかわし、この屋敷で仕事をすることをすすめ、便所掃除の仕事からさせた。

 

息子は努力し二十年程たった時、長者の財産の管理までできるようになった。ある日、父が余命いくばくもないと知った時、皆を集めてこれが我が息子なることを告げたのである。息子も喜び、父も安堵し、すべての財宝を授けるのであった。この息子とはほかならぬ我ら声聞であり、長者とはお釈迦様であったのである、と。

 

一歩市場に足を踏み入れると、所せましと出店が並び、

様々な食料品や日用品が売られている

 

二乗作仏(にじょうさぶつ)という事

法華経はお釈迦様の八十年のご生涯の晩年に霊鷲山(りょうじゅせん)で説かれた教えであるが、法華経以前の経典には出家の仏弟子である声聞や縁覚の二乗と呼ばれた人々が成仏をするという経文は無い。

 

従来二乗は成仏できないと言われてきた。しかし信解品の経文に即して言えば彼らは成仏できないのではなく、成仏つまり仏に成ることを心から望まなかったのである。

 

法華経二十八品を前半と後半に分けて前半を迹門(しゃくもん)、後半を本門(ほんもん)と呼ぶが、迹門の中心テーマが「二乗作仏」である。

 

先の方便品で五千人の増上慢(ぞうじょうまん)の人々が霊鷲山を去った後、仏の出現する一大事の因縁は一切衆生のもつ仏知見(仏性)の開示悟入(扉を開き・示し・悟らしめ・仏道に入らしめる)であるとの教えでお釈迦様の真意を理解した舎利弗尊者が、最初に華光如来(けこうにょらい)という成仏の授記をいただく。

 

そして、この信解品の四大声聞をはじめたくさんの二乗と呼ばれた仏弟子たちが本門への大切な伏線となる教えのなかで、次々と具体的な成仏の授記をいただくのが法華経迹門の展開である。

舎利弗尊者の生まれ故郷であるナ―ランダ村にある、

釈尊滅後の仏教研究の中心となったナ―ランダ大学跡の遺跡。

無量珍宝 不求自得(むりょうちんぽう ふぐじとく)

四人の声聞は、これまでの自分たちの修行をかえりみて窮子になぞらえた。彼らは仏弟子の中でも一目を置かれた阿羅漢(あらかん)とよばれ、既に自分たちが至るべき悟りの境地に達し、これ以上に求めるものはないと思っていたのである。

 

つまり窮子とはお釈迦様が「お前たちは仏の子である」という言葉の意味がわからず、現在の境遇に甘んじているその心持が憐れな存在であったと告白した。

 

無量の珍宝とは目の前にある、すべての衆生のための無限の財宝である。その財宝を求めようともしなかった我々が、父親である仏の導きにより、しっかり受け取ることができたと言うのである。


それは長者である父が子供の志が低く卑しいのをみて、いきなり財宝を与えることをせず、徐々に息子の関心を変えながら、最後に財宝を息子にゆずったようなものである。

 

大いなる心の転換

一切の人々と共に生き、一切の人々を救おうという悲願を起こした仏弟子たちは、ここで初めて真理の世界の大王である仏の教えがわかったのである。

 

すでに人々のために役立とうと決心したのであるから、迦葉たちは声聞でなく菩薩になったのである。声聞の悟りを得たことは、大いなる菩薩としての力を発揮する為の方便、手段であることがはっきりしたのである。自分たちこそ「真の声聞」「真の阿羅漢」と自信をもって言わしめたのは、彼らが菩薩道に目覚めたからである。

 


お釈迦様はわれわれ衆生の気持ちや欲望をよく知っておられる。その欲望に応じて教を説いてくれる。能力のすぐれた者に対しては高い教えを、能力の低い者に対しては低い教えを説きながら、最後には一乗の教えをお示しになるのである。

 

一乗の教えとは仏を目指し仏になるための教えである。だから声聞の教えがわかる者に対してはひとまず声聞の教えを、縁覚の教えがわかる者に対しては縁覚の教えを、菩薩の教えがわかる者に対しては菩薩の教えを説き示されながら、最後にはその三つの教えが到達点である一乗の教えに入るようにするのである。

 

仏とは宇宙の大生命であり、この仏の生命を、どんな人であっても本来そなえている。

このことに目覚めたとき、大いなる心の転換が起こるのである。

今まで気がつかなかった神秘世界への扉が開く。

自分が仏の子であるという自覚が起こったとき、他人もまた仏の子であることを知るのである。

そして仏の子である自覚のない人々には、

仏の子であることを自覚させなければならないという使命感が生まれる。

この使命感こそ菩薩の道である。

自分のための修行から、他人を生かし目覚めさせる修行に転じさせるところに「法華経」のすばらしさがある。この信解品はひたすら自己の救済と解脱に生きた声聞という人々が、いかに大いなる道、菩薩の道に目覚めていったかを彼らの口をかりて語りつづったものである。


この信解品を学んで、私達は自分の今までの人生の意味を見つめることができる。そこから菩薩として生きよう、他の人々に伝えようという思いが、四大声聞と一緒に湧きあがってくるのである。

 

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