法華経を学ぶ

「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)方便品(ほうべんぽん)第二」

「古代インドの仏教大学址・ナ―ランダの大ストーパ」舎利弗の生地に現在も壮大なナ―ランダ大学址が遺されている。5世紀に創建され玄奘三蔵が滞在した7世紀には1万人の学僧がここに住んでいたと言われる。11の僧院址と14の寺院址がある。
「古代インドの仏教大学址・ナ―ランダの大ストーパ」舎利弗の生地に現在も壮大なナ―ランダ大学址が遺されている。5世紀に創建され玄奘三蔵が滞在した7世紀には1万人の学僧がここに住んでいたと言われる。11の僧院址と14の寺院址がある。

この経に於いてお釈迦様が教えを語る相手、対告衆(たいごうしゅう)は長老の舎利弗(しゃりほつ・シャーリプトラ)であり、お釈迦様の十大弟子の中でも智慧第一といわれる。

舎利弗はマガダ国の都、王舎城(ラージャグリハ)郊外のナ―ランダ村に、豊かなバラモンの長子として生まれた。
八人の兄弟のなかでもきわだって聡明で、早くから四つのヴェーダの聖典を学んでその奥義を知り、諸芸にも通じた少年であった。

舎利弗は出家してすぐに仏弟子となったわけではなく、まず、ラージャグリハでは有名な懐疑論者(かいぎろんしゃ)であるサンジャヤの門に入り、すぐに師の代わりを務めるようになった。

しかし、出家の目的である心の平安は得られず、一緒に入門していた幼なじみの目連(もくれん・モッガラーナ)とともに、さらにすぐれた宗教家を求めていた。
そして、舎利弗は王舎城の街かどで托鉢している仏弟子のアッサジの立ち居振る舞いをみて心をうたれ、その師であるお釈迦様の教えを求めて、後に神通第一の仏弟子となる目連と共にサンジャヤの弟子たちを引きつれて帰依したのである。

 

方便品第二の大意

「ビンビサーラ王の道」 マガダ国のビンビサーラ王が釈尊の説法を聴聞するためにつけた、霊鷲山の山頂に至る参道。現在は補修されているが、一部当時の跡が残されている。
「ビンビサーラ王の道」 マガダ国のビンビサーラ王が釈尊の説法を聴聞するためにつけた、霊鷲山の山頂に至る参道。現在は補修されているが、一部当時の跡が残されている。

霊鷲山(りょうじゅせん)においてお座りになられていたお釈迦様は三昧(さんまい)という深い瞑想より眼を開き、安らかな心もちで静かに立ち上がり舎利弗に向かって告げられた。

それは
「仏の智慧は甚だ深くはかり知れないものである。だから信じ難く理解しにくいものだ」
と示しながら、声聞(しょうもん)と呼ばれる、出家して仏の教えを聞き修行に励む仏弟子や、辟支仏(ひゃくしぶつ)または縁覚(えんがく)と呼ばれる仏弟子の中でも迷いを離れ世の無常なることを悟ったものをはじめ、全ての聴衆に対し妙法蓮華経の教えが語られ始められたのである。

ところがお釈迦様はここで、さらに言葉を越えた真実の教えを説くことを拒まれ
「もう止めよう 舎利弗よ」 と唐突に述べられた。

そしてただ仏と仏との間でしか解らない一切のものの真実のすがたである「諸法の実相」について、あらわれる姿も、性質も、体も、力も、働きも、原因も、縁となるものも、結果も、報いも、これら全てが“あるがまま”であると示すだけであった。


三度にわたる舎利弗等の懇ろな請願により、お釈迦様がその究め尽すには深淵なる法を、まさに今から示そうとした時、その会座にいた五千人の聴衆が座を立ち教え聞くことを拒絶したのである。


お釈迦様は、あらかじめこのようなことが起こると知っていたかの如く、その人々を止めもせず霊鷲山を去るのを待って、再び妙法蓮華経の教えを始められたのである。
  

それは本来、声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)・菩薩(ぼさつ)という衆生に差別があるのでなく、仏と私達との同じ命の中にある仏知見(ぶっちけん)という、仏の智慧の一大事因縁を知らしめるところにあったのである。

言いかえれば、菩薩というのはあたかも崇高な人々のことではなく、だれでもが仏になるために志すもので、声聞や縁覚という類の衆生はなく、その教えなどあろうはずがないのである。
これを一仏乗(いちぶつじょう)の教えといい、諸仏・過去仏・未来仏・現在仏そして今のお釈迦様も共通して持たれた御心なのである。
それは平等の心、平等の教えこそ、すべての衆生がまず知らなければならないことであり、それを悟ることが仏の教えに入る第一義なのである。


ではなぜ、お釈迦様は、声聞・縁覚などの為の段階の教えを説かれたのか。仏様が世に出るということは、時代が五濁悪世(ごじょくあくせ)の時である。
悪世なるがゆえに衆生を導くために三乗というそれぞれの機根(きこん)つまり理解力に応じた教えを説いたのである。人々は三乗の教えを修得し、三乗の教えに満足しとどまってしまった。ここに説かれたのが今までの教えを統合する一仏乗の教え「妙法蓮華経」である。三乗の教えにとらわれてしまった人々からみると、難信難解(なんしんなんげ)の教えとなったのである。

かくして舎利弗は自らの狭い心を反省し、自らが過去世から何を求めてきたのかを再び悟り、次に「譬喩品第三」へと法華経は移るのである。

 

難解難入(なんげなんにゅう)

方便品の最初に出てくるのが、この「其の智慧の門は難解難入なり」である。

何故ならば仏の智慧が宇宙と同じく時間的にも空間的にも無限大であるのに対して、それを理解しようとする者の心が、限られた人生という時間と自己の利害損得に縛られていては難解難入なのである。
まずは己の心の狭さを自覚させるところから入らねばならない。

 

諸法の実相

諸法の実相とは、一切のものの真実の相つまり姿のことである。

これは悟りを開いた仏だけが究め尽し説明できるものであって、我々の知りうるところではない。あらゆるものの真実のすがたとは一瞬たりとも止まるものでなく、ただ仏と仏のみが知りうる境界である。

ゆえに仏は方便力をもちいて衆生を教え導くのである。

 

五千人起去

霊鷲山に集まった人々の中には、自分は釈尊の教えを聞き修行をして、阿羅漢ともいわれ、釈尊と同じ悟りの境界に到達していると思っているものが少なからずいた。
ところが法華経の説法が始まるや、仏の智慧は甚深無量(じんじんむりょう)と、お前たちが得たものとは異なると釘をさされるのである。

そして舎利弗の疑問と三度にわたる懇願により、これから釈尊の悟りのままである真実の法を説くという時に、自分は既に悟っているという慢心をもった5千人の出家や在家の者たちが山を降りたのである。

 

一大事因縁

仏が出現するただ一つの目的は、仏と同じ智慧つまり仏知見を全ての衆生に授けるためである。
しかし、難解難入である仏の智慧である仏知見を如何にして衆生に授けるのか。その為に必要なのが慢心を捨てた、清浄なる信である。

方便品第二の経文には
「諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
舎利弗、是を諸仏は唯一大事の因縁をもっての故に、世に出現したもうと名づく」
と説かれている。

ブッダガヤーの成道釈尊像 釈尊成道の聖地ブッダガヤーの大菩提寺内に安置された金色に輝く釈迦座像。世界中から人々が参拝し祈りを捧げている。
ブッダガヤーの成道釈尊像 釈尊成道の聖地ブッダガヤーの大菩提寺内に安置された金色に輝く釈迦座像。世界中から人々が参拝し祈りを捧げている。

釈尊を恋慕する清浄なる信により衆生の心を開き、そこにある仏知見(仏性)を示し、そのことを悟り気付かせ、仏になる道つまり仏道に入らしむ為に、仏は出現したのである。

諸仏というのは三世十方における諸々の仏である。
仏というものは衆生に仏知見を開示悟入せしめるためのみ世に出現して法を説かれるのであり、言い換えれば衆生は仏知見に開示悟入するためにこの世に生を享け、己が人生を生きるのである。

五濁悪世

諸仏が出現する五濁の悪世とは、劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁の五つをいう。

1)劫濁とは時代の濁り。
 戦争や疫病や飢餓などが多くなり時代が濁り、乱れること。劫濁そのものには実体はなく、他の四濁が盛んになって、長く続く時をいう。

2)煩悩濁とは貪・瞋・癡・慢・疑をいう。
 煩悩におかされた人間たちの姿。悪徳がはびこること。

3)衆生濁とは衆生社会の濁り。
 衆生の果報がおとろえ、心身とも鈍く弱くなり、苦しみの多い社会全体の濁り。

4)見濁とは思想の濁り。
 思想が乱れること。よこしまな考え。

5)命濁とは衆生の生命の濁り。
 見濁や煩悩濁が原因となり、寿命が次第に短くなり、最後は10歳までになるという。

これら五濁は初めから盛んではなく、末世になって次第に熾烈になるといわれ、これを五濁増という。
人間の寿命が減って二万歳になった時から、あるいは減劫のうち人間の寿命が百歳から十歳までの時を五濁悪世という。 (日蓮宗事典「五濁」より引用)

 

 

一仏乗の教え

方便品は法華経前半の重要な教えである。
それは釈尊の説法の目的が明らかにされているからである。
説法はただ一仏乗を説く為である。一仏乗とはただ一つの目的に導く、つまり一切衆生を仏にするという事である。そのことは諸仏においても異ならない。

仏の悟った真理は唯一絶対の真理である。
しかし教え導く衆生の機根には浅深があるので、種々の方便を設けて声聞乗・縁覚乗・菩薩乗の三乗の教えで導いた。それは真実の教えである法華経を説く為の前提であった。
三乗の教えは方便であり、すべて一乗の教えに帰着することを明らかにしたのが方便品である。

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